by大村昂太朗
副業制度を創り活用するために③制度構築の各論について 副業申請の考え方
企業における副業制度構築の各論として、注意するべきポイントについて複数回に分けて社会保険労務士の松井勇策が解説していきます。今回は、「副業申請の考え方」についてです。
【プロフィール】
松井勇策(社会保険労務士・公認心理師・Webアーキテクト) フォレストコンサルティング労務法務デザイン事務所代表。副業/複業・リモートワーク・上場対応・AI化支援・社内社外ブランディング・国際労務対応など「新しい生き方・働き方の確立の支援」を中心に、社労士や心理師として活動している。著作等も多数。
名古屋大学法学部卒業後、株式会社リクルートにて広告企画・人事コンサルティングに従事、のち経営管理部門で法務・上場監査・ITマネジメント等に関わる。その後独立。東京都社会保険労務士会役員(支部広報委員長・研修/広報委員・労務監査責任者等)
目次
副業申請の考え方
前回までで、最も重要な副業制度の目的や、目的を具体化するための方法について述べました。前回までに検討した副業制度の最初の検討プロセスは以下の通りです。
- 副業についての意思決定の主体者を決める(通常は経営者であると考えられる)
- 副業制度の立案の担当者を決める
-
必要がある場合は実験的な部署で検証する
-
副業を行うことによる到達し得る理想像を考え、決議する
この後に、手続の設計や社内施策の設計に入っていくべきだと考えています。以下にプロセスの図を示しますが、上の①~③は下記に対応しています。
今回は④の申請手続の設計について述べます。
副業制度を意味ある形で成立させるための具体的なプロセスで、「副業の申請や承認のプロセス・判断基準をどのような形にするか」は、最も重要なことの1つでしょう。これを定めるためには、多面的な考慮が必要になってきます。
様々な企業にお話を伺っている中で、最も問題になるのが申請手続きだと考えています。論点は、
- 申請の必要性有無も含めた、申請手続きの形式や内容
- 審査の必要性の有無も含めた、審査内容
の二点をどのようなものとするかです。
申請制度を考える上で最も大切なこと
申請を考えるために最も重要なことは、「申請も含めて、副業制度の全体は、副業を通じて実現したい理想を、会社と働く方がともに実現するためのものだ」という、シンプルですが本質的なことを忘れてはならないということです。
前回までにも何度も書いていますが、企業における副業制度は、理想を設定しないとうまく構築・運用できません。
自社の従業員が副業をするということは、マイナスの考え方をすれば労働力の流出であり、時間管理の困難化、自社の資産の管理の難度が向上するということだと捉えることができてしまいます。
しかし、副業制度は決して事業リスクなのではありません。社員の視野や技能が広がり、キャリアの目的が明確化し自立化し、結果的に社員発のイノベーションが起こり、自社の潜在力を大きく向上させる決定的な手段です。
こうした理想像をまず設定し、どのように促進するのか、様々な仕組みを考えることを第一にして、申請制度を含めた制度を設計するべきだと思います。
ただし当然、会社から目指すものを提示せず、自発的な副業を放置しておけばよい効果が出るのかと言えば、他のあらゆる施策と同様に、そういうものではないと言えます。
まず理想を共有し、その上で、理想が実現できるような制度を意思をもって運用する必要があります。
申請制度と制度設計
「リスクを最小限にするための制度設計」を第一に考えると、申請制度も判断基準もうまく構築できなくなってしまいます。
なおかつ、そういうことのみを考えて作った制度を使うことは、従業員にとって副業がリスク要因として会社から見られるということであり、申請自体が自分自身のリスクであると理解せざるを得ません。
申請で把握ができない副業が増えてしまうことにも繋がるでしょう。副業制度を作った企業の多くで制度が活用されない問題が起きていますが、その本質的な理由は、副業制度によるビジョンや戦略の欠如にあります。
申請制度の内容の設計について
それでは、どのような申請制度を作った方が良いのでしょうか。あらゆる制度の目的と手段は接続しているので、そのことを軸に考えた方が良いことは明らかです。前の節に書いたように、
- 社員の視野が広がる
- キャリアの目的が明確化し自立化する
- 社員発のイノベーションが起こる
- 自社の潜在力を大きく向上させる
ことが目的であり、理想であるならば、申請時点でこの効果に繋がる事項を把握し、会社として効果が促進されるように支援することが当然に考えられます。
たとえば「社員の視野が広がる」ことが目的の1つならば、「その副業を行うことにより、どのように視野が広げられそうか、何を目的として副業を行うのか」ということを申請によって把握することが考えられるでしょう。
申請させる目的は何よりも支援のためですので、前提として、副業に関する情報提供や、キャリアコンサルティングの機会の提供などの支援策、事前の研修などの制度とともに提供することで、効果をさらに広げていくことができます。
また、こうした内容については、社内で特にマネジメント層の方をはじめ、共有が必要であると言えます。非常に強力な成長の原動力ともなることであるため、現場の上長の方の広い視野に基づいた育成姿勢が求められます。
副業の運用のための申請項目
①労働関係の把握
全項目までの情報は最も重要なことですが、運用の整備やリスクの最小化も当然に重要な項目です。
副業の申請について、運用とリスクチェックのために必要な項目としては、副業の契約形態や契約先、また企業の業務や資産に対する利用の制限のチェックなどの必要があります。
副業の形態が雇用契約なのか業務委託なのかによって、運用すべき内容が変わってきます。雇用契約である場合は、自社の労働時間の範囲内で行う必要があり、また労働時間の合算の運用の必要性もあるため、副業先での労働時間把握が必要となります。
②リスク防衛
副業で関与する業務において、自社の情報資産やビジネス資産が盗用されてしまうのではないか、というリスクの想定はもっともなことだとも言えます。
そのため、副業の申請で業務内容などをなるべく詳細に把握し、内容によって申請可否を決めるようにする、という考え方に合理性がないとは言えません。
しかし結論として、こうした審査を申請で行い、リスクを水際で防止する、という考え方には無理があるのではないかと思います。
たとえば製造業の開発職の方が、企画開発のビジネスノウハウについて、自己主体でセミナー講師の副業を行うとします。こうした時に、どこまでが企業の独占的な知的資産であるのか、申請での許可・不許可要件をどう定めればよいのでしょうか。
マイナスの方向で考えれば、セミナー内容まで全て審査しないと、知的資産の盗用に当たるかどうかはわかりませんし、仮にそこまでおこなったとしても、判断が可能とも思えません。
また、自社業務ではない副業に大きく介入することに合法性がどこまであるのかの疑問が大きいです。
当然、無策で良いわけではなく、副業業務を行うに当たっての知的資産の考え方なども含めて、まず、副業制度で目指す理想と共に発信する必要があると言えるでしょう。
また、就業規則等の規定において、副業における禁止条項を定めておく必要もあります。雇用契約や付随する書面において、知的資産防衛の条項を定める必要もあると思います。
そうした積極的なリスク防衛も含めた風土づくりやルール作りをした上で、副業の概要を把握しておくことには十分な意味もあると思います。
つまり、副業制度においては、社員の方と対等に独立した立場で行うリスク防衛には意味がありますが、副業も含めて自社がコントロールし、許可権を握るという考え方だと、うまく運用ができないと言えます。
結論・申請の項目として考えられること
以上からまとめます。副業の申請制度においては、まずは企業として、プロセスの③、会社として副業で目指すものを、具体的かつ、リスクの防衛の考え方まで含めてわかりやすく提示し、社員の方と共有することがまず必要だと思います。
そして、会社は運用やリスク防衛もするけれども、まず第一に、共に理想の実現に向かうために支援する立場に立つことを明らかにする必要があります。
申請制度は、そのために行うことが第一の目的であるという立場に立つ必要があります。こうした立場に立つ場合、申請の項目としては以下のような内容が考えられます。
本稿の内容で述べた、会社としての支援制度や、就業規則や雇用契約等で定める内容については、また別の機会に述べます。
【社員の方からの副業についての申請内容として想定されること】
(副業についての情報共有と会社として支援したい内容の把握)
・申請された副業によって獲得したい技能や目指したいもの
・副業の効果を最大にするために、会社に支援してほしい内容
・副業によって想定される、自社の業務へのプラスの効果
等、副業で目指すことと関連した項目・企業として支援できる内容にかかわる項目
(運用上の項目)
・副業先の名称、あるいは個人事業主としての屋号等
・副業業種や職種
・副業の勤務場所
・副業の労働時間の想定
・副業先が雇用契約である場合の、出社退社時刻や法定休日・労働時間の制度
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