by大村昂太朗
働き方改革とは何か~働く人と日本企業を共に元気にする真の変革を実現させよう~
近年注目を集めている「働き方改革」とは、狭義には「働き方改革関連法」が施行されることによる働き方の変化のことを指します。
働き方改革関連法には、すべての企業に義務として適用される事項もあれば、各企業それぞれの自発的努力を促すにとどまるような事項もあります。
働く側は企業の対応状況をしっかりと注視していくことが重要ですし、企業側は働く人に「働きたい」と思ってもらえるような企業となれるように、法律の内容や制定の経緯をしっかりと理解していくことが重要です。
働き方改革関連法では、「働く側が自分らしい働き方を自由に選択できるようにする」ということが目指されているため、すべての人の働き方が一律に同じものに変化するわけではありません。
また広い意味での働き方改革には、法律とは無関係に、世論の高まりを受けて企業や働く側が自発的に起こしている変化も含まれます。
働く側はそうした変化の広がりをしっかりと見渡した上で、しっかりと自分にふさわしい働き方を選択していくことが大切になります。
目次
働き方改革関連法の制定の経緯
働き方改革関連法は、厚生労働省が旗振り役となり長い年月をかけて調整と議論が進められ、2018年にようやく制定が実現したものです。
ブラック企業問題
法改正の最初の機運は2015年に遡ります。その頃には、既にブラック企業という言葉が一般化しており、劣悪な労働環境を是正させることに主眼に置いた法改正が強く求められていたのです。
しかし、長時間労働の抑制等を狙いとした「労働基準法等改正案」が2015年に国会に提出されたものの、「逆にサービス残業を助長したり過労死を増やしたりする恐れがある」といった批判が出て、廃案となりました。
一億総活躍社会から働き方革命へ
一方働き方改革は、「劣悪な労働環境を是正しブラック企業を無くしていく」という文脈以外からも、その実行が強く期待されていました。
それは、「人生100年時代においても活力のある経済社会を維持していくためには働き方改革が必要不可欠だ」といった文脈です。
2015年には働き方改革という言葉の誕生に先行して、「一億総活躍社会」という言葉が生まれました。
「誰しもが、人生100年時代の中で、思う存分自分らしく活躍し続けることができる社会」を指して作られた言葉です。
そして、その流れの中で「一億総活躍社会の実現のためには働く人の立場に立って多様な働き方を可能にしていくことが必要だ」という戦略が目指されるようなり、その戦略が働き方改革と呼ばれるようになりました。
2016年9月に総理直轄の会議体として新設された「働き方改革実現会議」が2017年3月に発表した「働き方改革実行計画」の冒頭に、重要な一節が記されていますので抜粋して紹介したいと思います。
「我が国の経済成長の 隘路(あいろ)の根本には、少子高齢化、生産年齢人口減少すなわち人口問題という構造的な問題に加え、イノベーションの欠如による生産性向上の低迷、革新的技術への投資不足がある。日本経済の再生を実現するためには、投資やイノベーションの促進を通じた付加価値生産性の向上と、労働参加率の向上を図る必要がある。そのためには、誰もが生きがいを持って、その能力を最大限発揮できる社会を創ることが必要である。」
このように政府が推進する働き方改革の最大の目的には、働く人(働ける人)を増やし、働く人が生み出す付加価値生産性を向上させることが据えられていたのです。
希望の塊としての関連法成立
-
こうして働き方改革という言葉には、「無理のある労働を抑制し、働く人間の命と健康を守れる環境を整えていこう」という狙いと、「人生100年時代においても皆が働き甲斐をもって長く働き続けられるようにしていくことで日本経済の生産性を高めていこう」という狙いが混ざり合い、非常に重たい言葉となっていきました。
そのような複雑な経緯を経て、働き方改革関連法は2018年6月に国会で可決され成立しました。
2019年4月を皮切りに、順次施行が始まっています(内容によって施行時期が異なります。また、大企業と中小企業で適用開始時期が異なる箇所があります)。
働き方改革関連法の内容と問題点
働き方改革関連法は、大きく3つのブロックに分かれています。1つずつ順番に見ていきましょう。
- 長時間労働の是正、多様で柔軟な働き方の実現等
- 雇用形態に関わらない公正な待遇の確保
- 働き方改革の総合的かつ継続的な推進
長時間労働の是正と柔軟な働き方
まず、1つ目のブロックから見ていきましょう。長年の懸案だった長時間労働の是正、そして、多様で柔軟な働き方の実現等を図るための措置に関する法改正部分です。全部で8項目あります。
- 残業時間の上限規制
- 月60時間を超える残業の割増賃金率引き上げ
- 勤務間インターバル制度の導入促進
- 産業医・産業保健機能を強化
- 年次有給休暇の取得義務づけ
- フレックスタイム制の拡充
- 労働時間の状況を客観的に把握することの義務づけ
- 高度プロフェッショナル制度の新設
これらは2019年4月1日に施行となりましたが、中小企業における残業時間の上限規制の適用は2020年4月1日、中小企業における月60時間超残業に対する割増賃金率引上げの適用は2023年4月1日からと定められています。
残業時間の上限規制
いままでは行政指導こそ存在していたものの、法律上は残業時間の上限規制がありませんでした。今回の法改正で、法律上、残業時間の上限を超えた残業は原則としておこなえなくなります。
法定の上限は、「原則として月45時間・年360時間まで」となりました。「臨時的な特別な事情」がある場合には例外が認められますが、その場合においても厳しい制限がかけられています。
この法改正によって、残業は大幅に減っていくことが予想されます。いっぽう、想定される問題点としては、
- それでも残業が多すぎるのでは(定時退社が原則とされるべきではないか?)
- 仕事量が減らずに残業上限規制がかかると、仕事の負担が逆に高まるのでは
- 仕事量が減らずに残業時間だけを減らすとなると、同じ仕事をしているのに給料が減ってしまうだけになってしまうのでは
というようなことがあります。
月60時間超の残業代割増
従来、月60時間超の残業割増賃金率は、大企業は50%でしたが中小企業は25%となっていました。中小企業の経営に配慮して取られていた措置でした。
今回の法改正後は、月60時間超の残業割増賃金率は大企業・中小企業ともに50%となります。
いままでの日本の労働法制・政策においては、中小企業にだけは特別な緩い条件を設けたりすることもありました。
しかし今、働き方改革は、中小企業・小規模事業者においてこそ着実に実行されていくことが期待されています。
勤務間インターバルの導入
「勤務間インターバル制度」とは、1日の勤務終了後、翌日の出社までの間に一定時間以上の休息時間(インターバル)を確保する仕組みのことを言います。
この勤務間インターバル制度の導入については、あくまでも「努力義務」規定であることに注意が必要です。
この制度の導入にあたっては衆議院でさまざまな議論が行われ、無理のある労働を生むそもそもの原因となっている
- 短納期発注
- 発注内容の頻繁な変更
- あいまいな発注
- 山谷のありすぎる発注
を行わないよう事業者は努力しなければならない、という義務規定が追加で設けられました。
このように、努力義務規定となっている項目についての企業の対応はさまざまです。働く側が企業の対応をしっかりと注視していくことが重要だと言えるでしょう。
産業医・産業保健機能の強化
今回の法改正により、産業医・産業保健機能の強化が行われることになりました。具体的には、
- 事業者が、長時間労働者の状況や労働者の業務の状況など産業医が労働者の健康管理等を適切に行うために必要な情報を提供することの義務化
- 事業者が、産業医から受けた勧告の内容を、事業場の労使や産業医で構成する衛生委員会に報告することの義務化
- 事業者が、産業医等が労働者からの健康相談に応じるための体制整備に努めることの義務化
- 事業者による労働者の健康情報の収集、保管、使用及び適正な管理に関する指針の制定
が行われました。産業医がいてくれたとしても、気軽に相談できないようであれば意味がありません。
また、相談した結果、意味のある変化が起きなければこれもまた意味がありません。実際の変化を注視していく必要があるでしょう。
年次有給休暇の取得義務づけ
-
従来、有給は働く側が自ら希望を出さなければ取得できないものでした。
そのため、「希望の申し出がしづらく、有休を取得できない」という人が多く存在していました。
今回の法改正後は、企業側が働く側に取得時期の希望を聞き、その希望をふまえて企業側が有休取得の時期を指定して、働く側が有休を確実に取得できるようにしていくことが義務付けられます。
ただし、今回の法改正には一定の自由度が残されているので、企業によって運用の違いが出てくる可能性があります。
「有給奨励日」を設けたり、「年次有給休暇の計画的付与制度」を活用し、会社が定めた日を休日にして5日間の義務部分を消化したりすることも可能なのです。
このため、「反対に5日以上の有休が取りにくくなるのでは」という声も聞かれます。本来であれば、「必要な時に休める会社」というのがいい会社であるはずです。
今回の法改正を通じて必要な時に休めるようになるかどうかは、各企業それぞれの対応によります。各企業の組織風土や管理職の意識が問われていくこととなるでしょう。
フレックスタイム制の拡充
従来、フレックスタイム制における労働時間の清算期間は1か月間でした。1か月の中で、法定労働時間を越えて働く日と下回って働く日を柔軟にコントロールしていくことが可能な制度でした。
今回の法改正を通じて、フレックスタイム制における労働時間の清算期間は3か月に延長されることになりました。
平たく言うと、3か月の中で多く働く時期と少なく働く時期をやりくりしていくことが可能になったということです。
これにより、子育てや介護といった生活上のニーズに合わせて労働時間が決められるようになることが期待されています。
労働時間の把握義務づけ
従来、労働時間の管理については法律で義務付けられておらず、通達で規定されているのみでした。
また、個人の裁量で比較的自由に働く時間をコントロールしていくことができる「裁量労働制」の適用を受けて働いている人や、時間外・休日労働の割増賃金の支払義務がかからない管理監督者については、この通達の対象外となっていました。
今回の法改正後は、健康管理の観点から、裁量労働制が適用される人や管理監督者も含め、すべての人の労働時間の状況をしっかりと把握していくことが法律で義務づけられることになりました。
仕事には、
- 働く人が柔軟に働く時間をコントロールしたほうが成果を生みやすいタイプの仕事
- 仕事の成果が必ずしも働いた時間に比例しないタイプの仕事
が、存在します。専門性の高い業務(専門業務)や、頭で考えることが中心となる企画的・創造的な業務(企画業務)がこれに該当します。
こうした仕事に従事する人に対象を絞ったうえで適用することが可能になっている制度が、裁量労働制と呼ばれるものです。
今後、産業構造の更なる変化を受けて、高度な専門的知識や技能、企画的・創造的才能をもとに働くプロフェッショナルは増加していくことが予想されています。
AIやロボティクスの普及も、そうした流れに拍車をかけていくことでしょう。
そのため、裁量労働制に代表されるような「働く時間を自由にコントロールできる」「働いた時間ではなく生み出した価値で報酬が決まる」新しい制度の導入をセットで進めていく必要性が高まってきています。
運用を間違えれば過重労働を助長してしまうおそれもありますが、一方で、プロフェッショナルの能力を最大限引き出していくためには効果的であると言えるからです。今後の動向が注目されます。
高度プロフェッショナル制度
一方、今回の働き方改革関連法において新設された制度が、「高度プロフェッショナル制度」です。
高度な職業能力を保持していて、一定基準以上の年収を得ている「高度プロフェッショナル」に限り、労働基準法に定められた労働時間、休憩、休日、深夜の割増賃金に関する規定を適用しない(ことも労使間協議及び本人の同意があれば可能とする)、という仕組みです。
労働基準法が適用されないため、ある意味完全に自由であり、勤怠管理の対象ともならず「(定められた仕事をして然るべき成果さえ出せれば)どれだけ休んでも自由だし、どれだけ働いても自由」ということになります。
裁量労働制と似ていますが、裁量労働制があくまでも「みなし労働時間制」で労働時間制限を受けるのに対し、高度プロフェッショナル制度においては、完全に労働時間制限が外されることになります。
高度プロフェッショナル制度は利用可能な人の数も限られているため、今回の法改正による直接の変化は限定的なものにとどまるかもしれませんが、高度プロフェッショナル制度の成立は、日本における「働き方」の未来に大きな影響を与えていく可能性があります。
運用が始まってみて実際に何がどう変わったのかについて、社会全体で注視を続けていく必要があると言えるでしょう。
雇用形態に関わらない公正な待遇
-
次に、2つ目のブロックを見ていきましょう。
「同一企業内における正社員と非正規社員の間の不合理な待遇の差をなくし、どのような雇用形態を選択しても待遇に納得して働き続けられるようにすることで、多様で柔軟な働き方を選択できるように」していくことを目的とした法改正です。
具体的には、
- 不合理な待遇差の禁止(あわせて「同一労働同一賃金ガイドライン」も作成され公開されました)
- 労働者に対する、待遇に関する説明義務の強化
- 行政による事業主への助言・指導等や裁判外紛争解決手続(行政ADR)の規定の整備
の3項目について規定されています。いずれも当然と言えば当然のことが、ようやく法律によって規定されたと言えるでしょう。
このように、多様な働き方を安心して選択できるようにするということは、ひいては長い人生の中で、時期に応じて最適な働き方を柔軟に選択していくことができるようになるということでもありますし、社会的な不安を減らしていくことで思いきったチャレンジをしやすくすることにもつながります。
非常に重要な法改正であると言えます。このブロックの施行期日は、2020年4月1日からとなっていますが、中小企業におけるパートタイム・有期雇用労働法の適用は2021年4月1日からとなっています。
働き方改革の総合的・継続的推進
3つ目、最後のブロックを見ていきましょう。働き方改革が対象とする範囲は非常に広く、また、法律による義務付けだけでは社会に必要な変化を起こせないこともあります。
そのため、今回の法改正では「雇用対策法」が「労働施策総合推進法」に改められ、国は、労働に関する施策の総合的な推進に関する基本的な方針を定めなければならないということが決められました。
これによって定められたのが、「労働施策基本方針」(2018年12月28日決定)です。そこには、働き方改革の意義やその具体的な政策の実行方針が幅広く定められています。
具体的には、政府・行政が先頭に立って
- 雇用型テレワークの普及促進(相談窓口の設置・運営や助成金等による導入支援、適正な労務管理のためのガイドラインの周知)
- 自営型テレワークの就業環境の整備のためのガイドラインの周知
- 副業・兼業の普及促進及び制度的課題の検討
- 雇用類似の働き方に関する保護等の在り方についての中長期的な検討
- 裁量労働制及び高度プロフェッショナル制度について、制度内容の理解促進や監督指導による履行確保
を行うことが定められています。
このように政府・行政は、積極的に後押しをしてくれようとしていますが、こうした「新しい働き方」を積極的に導入・活用するかどうかは、あくまでも企業側に委ねられています。
企業にとっては「魅力ある職場として進化するチャンス」でもありますし、働く側にとっては「魅力ある職場を選択するチャンス」でもあります。
これからの時代を「働く人ひとりひとりの能力を最大限花開かせていくことができる時代」にしていくことができるかどうかは、企業、そして働く人ひとりひとりの選択にかかっているのです。
真の働き方改革を実現するために
ここまで見てきたように、今回の法改正は「明らかに問題であり、時代にそぐわなくなっていることは改めよう」という色合いが強いものになっています。
しかし「人間が人間らしく働ける環境づくり」は大前提であって、その上で「ひとりひとりが思う存分活躍できる環境づくり」を進めていくことこそが働き方革命の本質であり、後者がなければ片手落ちであるとも言えます。
企業側も働く側も、事業そのもの、仕事の内容そのものを抜本的に見直さないと、表面的に「働き方」を変えたところで結局何も変わりません。
手段としての「ワークライフバランス」ばかりがクローズアップされ、「どうすればひとりひとりの創造性や付加価値生産性の最大化を実現させることができるのか」という点が忘れ去られてしまっては本末転倒です。
働き方改革の真髄は、一人ひとりが自身の能力を思う存分発揮できるように(+成長させられるように)していくことにあり、それによって企業の価値をひきあげ、日本経済を元気にしていくことにあります。
そうした時代への変化を生み出していけるかどうかは法律や政策ではなく、企業や働く人一人ひとりの変革の意志と実行力にかかっているといえます。
積極的に、新しい時代を創っていくためのアクションを起こしていきましょう!
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